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普通の大学生の意見w

『iRONNA』特別編集長「異論に耳塞ぐSEALDsに危うさ感じる」
2015.12.05 07:00

 国会前で安保法制反対デモを繰り広げ、一躍有名になった学生団体「SEALDs(シールズ=自由と民主主義のための学生緊急行動)」。彼らの言動を同世代の若者はどう見ているのか。オピニオンサイト『iRONNA』特別編集長の山本みずき氏に聞いた。山本氏は1995年生まれ。現在慶應義塾大学法学部政治学科の3年生だ。

 * * *
 ヘルメットにサングラス、マスク姿といった旧来の学生運動のスタイルとは異なり、ラップ調のコールで安保法制反対を訴えるシールズのパフォーマンスは、リベラル層の知識人や既存メディアに「新しいムーブメント」と持てはやされました。

 しかし、運動のスタイルは斬新でも、安倍首相をヒトラーにたとえたり、「アベ死ね」などと聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせたりする表現手段には、残念ながら知性の欠片も感じられませんでした。

 国家の安全保障に関するシールズの認識と主張も、とうてい看過できるものではありません。シールズは、安保法制とは“戦争法案”であり、「この法案が通れば徴兵制が始まる」と主張してきました。しかし、安保法制は、抑止力を高めることで他国から攻撃される可能性を低くするのが狙いであることは言うまでもありません。

 もちろん、相手が攻撃してくる可能性がゼロになるわけではありませんが、「戦争法案」とレッテル貼りし、「日本がまた戦争をする国になる」と断じるのはナンセンスです。さらに「安保法制で徴兵制が始まる」との論に至ってはその道筋を明らかにせず、妄想の域を出ません。

 私は現在、慶應義塾大学の法学部政治学科で学ぶ大学3年生ですが、国際政治や安全保障に関する素養がある周囲の学生の多くは、シールズの主張を冷ややかに見ています。

 同じ学科のある友人は、「政権に異議を唱えることは、日本国憲法が保障した表現の自由の行使なので運動自体には肯定的」としながら、「自分たちの意見のみが正しいという視点に基づくシールズの言説(戦争法案というワンセンテンスポリティックス)は許容できない」と言います。

 この意見には私もまったく同感で、シールズに対する違和感の源泉がここにあります。自分たちの主張こそが民意であると疑わず、異論や反論から耳をふさぐという排他性に危うさを感じるのです。

◆「安倍は辞めろ」の一辺倒

 私は産経新聞グループの『iRONNA』というオピニオンサイトで特別編集長を務めており、記事にするためシールズに対談を申し込みましたが、多忙を理由に断られました。

 しかし、その直後のシールズ公式ツイッターには、「取材依頼、イベント等の依頼等も是非是非ご連絡いただければと思います」との投稿がありました。自分たちと異なる価値観を一切受け入れない姿勢の表われに思えてなりません。

 iRONNAは保守系のメディアで、シールズに否定的な読者も多くいます。自分たちの主張が正しいと思うなら、その主張の正当性を保守派に伝える絶好のチャンスだったはずで、実に残念です。

 デモやツイッターでは、「憲法を守れ」「安倍は辞めろ」の一辺倒。自分たちに都合の良い学者を取り込むばかりで、多様性を重視しているようには見受けられません。

 また、デモでは「憲法解釈勝手に変えるな!」などと命令口調で安保法制賛成派を批判する場面も多々ありましたが、意見をきちんと聞いてもらいたいなら命令口調はやめたほうが良いでしょう。礼節を欠く行為は見ていて不愉快ですし、許されるものではありません。

 こうした言動の端々から、シールズは本当に安保法制の反対を望んでいるのか、あるいは自己満足の世界に浸っているのかわからなくなります。

「戦争をするような国には住みたくない」という気持ちはわかりますが、それを叫んだところで中国の横暴が止まるわけではありません。彼らの論に倣えば警察も自衛隊も暴力装置ということになりますが、それらに守られながら、「暴力はいけない」と叫ぶことにも大きな矛盾を感じます。

 政治に無関心とされてきた学生がデモを主催し、今、この時代に国会前に3万人余り(警察発表)もの人々を動員したのは、シールズの一つの成果と言えるかもしれません。しかし、このまま対話を拒否し続け、独善的な主張を叫ぶだけであれば、いずれ運動はしぼみ、かつての学生運動と同じ道を歩んでしまうのではないでしょうか。

 私自身、戦争を回避したいという思いは、人一倍もっていると自負し、そのために今、大学で安全保障を勉強しています。平和を希求する気持ちが同じであれば、価値観が異なっても、いや、価値観が異なるからこそ、互いに学べることは多いはずです。

 互いに聞く耳をもつことで議論を深め、国民を巻き込んだ議論へと発展させられるはずです。

※SAPIO2016年1月号

http://www.news-postseven.com/archives/20151205_368301.html

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「理想を忘れず現実も」慶應義塾大学3年生 山本みずきさんに突撃取材!!
2015/10/5

先日話題を呼んだNHKの討論番組「ミライ語りっ!~戦後70年、その先へ~」皆さんはご覧になりましたか?様々な分野で活躍する若者7名と番組MC陣に加え、専門家を招いての討論が行われました。

そこで今回は、出演者の一人である慶應義塾大学3年生の山本みずきさんに、お話を伺いました。山本さんは高校2年生の時に、ジュネーブの国連欧州本部で世界的な軍縮をスピーチし、2013年、当時18歳のときに「18歳の宣戦布告」で論壇デビューしました。現在は、慶應義塾大学法学部に在籍しながら、オピニオンサイト「iRONNA」の特別編集長を務めておられます。普段、学生からのインタビューは受けられないということなので、物凄く貴重なものになっています。それでは、お楽しみください!


話題になった安保法案に関して

ー 採決にいたるまでのプロセスの中で、集団的自衛権が違憲かどうかの議論がありました。法案の中身については賛成だと思うのですが、この点についてはどうお考えですか?

「まず、憲法上に集団的自衛権が禁止であるという明文規定は存在しないのが一点と、憲法学者がいくら違憲だと言っても、あくまで合憲か違憲かの結論を下すのは最高裁ですから、憲法学者を含めた国民がいくら「違憲」と主張しても最高裁が判断しない限りは「違憲」とはなりません。現在、違憲であると明言している憲法学者に、慶應大学名誉教授の小林節先生という方がいらっしゃるのですが、小林先生を弁護団長として、違憲訴訟を起こすという話が上がっています。これは妥当なやり方だと思いまして、裁判所が違憲であると判断すれば、それは違憲になります。とは言うものの、ここで私はひとつ疑問がありまして。日本には憲法訴訟法といった憲法訴訟の方法を定めた法律が存在しないので、憲法訴訟を起こすのであれば何かしらの事件が発生する必要があるのではないか、と。そうでなければ、棄却されるでしょう。このあたり、小林先生がどのような手段を講じられるのかは気になるところです。」


ー 時の政権が憲法解釈を変更するのに対して、非難の声も上がりました。

「集団的自衛権の行使禁止は政府の憲法解釈によるものですから、当時と現在とで「事情の変更」が認められれば、かつての解釈を変更して禁止を解除することは法理論的に可能であるとの声もあります。最高裁が判例変更するのと同じようなものです。解釈の仕方は、それを読んだときに、流石にダメなんじゃないかと風に感じることはあるけど、だからと言って法に触れるわけではないので、そこは微妙です。ただ、集団的自衛権の行使容認が9条に反するのならば、自衛隊の存在そのものが違憲であるとするほうが法的整合性がとれると思います。本当は、もっと前の段階で憲法を改正するべきだったのかもしれませんが、ここ何十年間、手がつけられなかった。ものごとには光と影がありますから、もちろん結果としては良い面もある一方で基盤があまりにも揺らいだ状態で、次の段階、その次の段階の話をしていくから、全てが揺らいでいます。」


― 存立危機事態があまりにも不明確ということで、懸念の声もあがっていましたね。

「これは安全保障上の問題ですから、明確に書くと、自分達の国の手の内を明かすことになります。安全保障というのは、不明確さがあるからこそ相手の行動を抑制する力を持つのであって、一国の安全保障が白黒とはっきりしている場合にはその時点で相手国から攻め込まれるのを手招きしているに等しいと言えるでしょう。憲法学上では、「漠然であるが故の違憲」や「過度に国民の権利を制約するが故の違憲」といった適正手続がありますが、これを安全保障の文脈で同じように用いるのは国の自殺行為。さらに言えば、外国の軍隊はネガティブリスト方式をとっている一方で日本の自衛隊はポジティブリスト方式です。要するに、日本の自衛隊がポジティブリストの中で動いているにも関わらず、その上で法文を明確化したら、自衛隊の行動様式が全て分かってしまう。これがあくまでネガティブリストだったら、もうちょっと明確化していいかもしれなかったけど、ポジティブリストの上に明確化したら、これは安全保障上アウトです。これを批判するのであれば、恐らくはネガティブ方式の行動規範をつくるように言ったほうが説得力が増しますね(笑)」

(※ネガティブリスト…禁止規則。~してはならないという禁止事項が明記。ポジティブリスト…根拠規則。〇〇の場合~してもよいという制約の元、活動する。)


―いわゆる”強行採決”と呼ばれた今回の採決ですが、本当に”強行”だったのでしょうか。

「強行採決それ自体は、衆議院法でも参議院法でも禁止事項ではありません。しかも、あれは数の議論であって、法文上の違反ではないから、道徳上どうなのかという話になります。さらに言うなら、そもそも強行採決をもって安保法案を批判するっていうのは構図としておかしくて、安保法案のどの部分、例えば集団的自衛権がおかしいとか、そこを攻めるなら分かりますが、強行採決だからと言って批判するのは、批判の仕方として問題があると思います。」


世界的軍縮に向けて

―以前にジュネーブで世界的軍縮についてスピーチされたと思いますが、一方で、軍事力によるパワーバランスは必要であると言われることについて詳しく教えていただけますか。

「ここで言う軍縮というのは、あくまで、”核”軍縮の話です。現在の国際秩序を形作っている国連というのは、安全保障体制を五大国(アメリカ合衆国、ロシア、イギリス、フランス、中華人民共和国)の圧倒的な力、すなわち核兵器も含めた軍事力によって保証されることを創設時から想定していました。これはパワーバランスを保つために正当化されているのです。そして日本の核軍縮活動は、国連のNPT(核拡散防止条約)体制の下に行われていますけど、そのNPT体制は五大国以外の国家が核を保有することを禁ずる理念にそって行うもので、五大国の核保有を否定するものではありません。五大国の核兵器を含めた軍事力によるパワーバランスがあった上で、いかに国際秩序を保つかという前提があり、そのNPT体制の下で世界的に軍縮していこうという流れがあります。最近は日本も核兵器を持った方が良いのではないか、という議論もありますが、いかに現在の国際秩序を保つかという面に焦点を当てれば、私は持つべきではないと思います。それは日本が敗戦国であることに加えて、いま述べたような正当性が、日本の核保有論には果たしてあるのか、という疑問が残るからです。」


―国際情勢と自分たちの日常を照らし合わせるのは、少しナンセンスだと思うのですが、簡単に考えると日本人が平和に暮らしているのは、警察官のおかげだったりしますよね

「そうですね。ドメスティックなものと、インターナショナルなもので意味合いは若干異なるかもしれませんが、日本に警察がなかったらどうなるのかと思います。もちろん警察があることで悪い面もあるかもしれないけど、あって良い部分とあって悪い部分を比較したときに、どちらが良いかは明白だと思います。そういった点をしっかり考えて欲しいですね。」


―究極の理想は、核も含めて世界からあらゆる武器をなくすことだと思うのですが、その点についてどう思われますか

「それは、理想というより夢物語だと思っていて、武器がなければ争いが消えるかといえばそうとも限らないのではありませんか。ホッブズの言葉に『万人の万人に対する闘争』というものがあります。要するに彼は、自然状態において人間は基本的に平等であるが故に競合状態にあることを指摘しました。人間は未来を予見することが可能な生き物ですから、いま現在に生命を脅かされていない状態にあっても、未来の生存が明らかでない限りは相手より優位に立とうとする。したがって競合状態は永遠につづくわけです。これは本質でしょう。ですから武器があるかないかに関わらず、人間は常に相手より優位に立とうとしますし、仮に自分がそういう人間ではないとしても、その価値観が世の中に存在することを根底において自己保全のために対策を考えなければなりません。」

「武器がない状態、あるいは軍事力がない状態で平和がもたらせられるかというと、そうとも限らなくて、ある程度の力の関係があるために衝突を避けることも可能です。お互いに不満を抱いていても、もしここで自分が武力行使すれば、反撃されて死ぬかもしれない。その不安があるからこそ、その不安の上にこそ、平和が成り立つという考え方も知っておく必要があるとおもいます。私が理想的かつ現実的だと思うのは、相手に対抗しうる力をもった上で、それを理性的にコントロールすることです。番組のなかで抑止力の話がでましたが、そこでアーヤさんがシリアでのご経験に基づいた、相手が武器を持つことに対抗してこちらも武器を持つことは負の連鎖であるというご意見をお話になりました。これは彼女のご経験に基づいた、大変貴重なお話であったと思います。しかしながら、シリアの例はあくまで市民同士の対立の話でありましたのでそれは個人の感情に基づいた行動であるが故にコントロールすることが難しいのは当然です。ただ、今回のテーマは国家間のものであり、国家が軍事力を持つのであればそれをコントロールするのはより容易で重要でこれも当然のことです。さらに言えば、私はこのコントロールにこそ民主主義の出番があるように思っています。」


マスコミ・メディアの報道と若者の関心

―マスコミとメディアが”偏向報道”しているとして話題になりましたが、偏らない報道をすることは難しいと思いますか?

「かつて、三、四十年ほど前には日本の新聞の記事はどれも同じで、いくつも発刊されている意味がないと言われていましたが、今は新聞社が独自のカラーを強く持たないと売れない時代になりました。社が独自の価値観に基づいて、報道する出来事を切り取った上で、公に提供するわけですから、ある程度偏向するのは当然だと思います。メディアは完全には信用できるものではないですから、そういう情報に触れたときに自分で判断できる能力を身に着けないといけないと思います。」


― 周りの色々な影響を受けて、若者が政治に関心を持つことに対してはどうお考えですか?

「あくまで私の思想ですが、学生時代は、価値観や判断基準を養う時間にあてるべきではないかと思っています。そうすることでニュースや新聞などを見たときに、色んな視点で物事を見ることが出来るようになるからです。若いころから無理に政治に関心を持って意見を発するよりも、学生のうちに物事を見極める力を養う時期を大切にしたほうがいいのではないかと思います。それは、私がその方面に対してあまりにも力不足だから自分自身に対して思うことなのですけどね。わざわざ同世代の方々の行動に対して口を挟む気もありませんよ(笑)ただ、政治に関心を持って考えることは良いことだと思いますが、公に声を出している同世代の人たちにはもっと責任をもった発言を心がけていただきたいと思うこともあります。憲法学上では、例えば選挙権を与えられた権利としてとらえるか、あるいは国民の義務としてとらえるかという話もあります。私は権利であるのという風にとらえるのが良いと思います。興味をもった人が深く考えて行動に移すことができれば理想的ですね。」


― 最後に若者に向けて一言お願いします!

「私も若者なので為になるような一言は言えませんが、ともに頑張りましょう(笑)人それぞれ、興味分野は違うと思います。自分が歩みたい道を目指して、息を抜きつつ、耐えて努力もしましょう。」



いかがでしたでしょうか。同じ学生とは思えないほどの知識量に圧倒されてばかりのインタビューでした。収録でお見かけしたときは討論の場だったので少し怖かったのですが、その場を離れてお会いすると可憐な女性で安心しました!!

放送を観た方の中には、僕と同じように少し怖いイメージを持たれた方もいるかもしれませんが、本当にそんなことはなくて可愛らしい大学生なのでご安心を(笑)

山本さんも仰っているように、学生時代に判断基準としての価値観を養っておくことは、僕もすごく大事なことだと感じています。この多感な学生のうちに、色々な情報に触れて、価値観を養ってほしいと思います。最後に、今回取材に協力していただいた、山本みずきさんには深く感謝の 意を表したいと思います。

http://vote-japan.com/2015/10/05/yamamotomizuki/

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最近のマスゴミは特殊な若者たちだけをとりあげるから、将来に希望が持てないと思っていたが、
やっぱ普通の大学生はちゃんと物事を考えているんだね。(普通以上か)

安心した。


左右の違いは、①民主主義の結果として自分たちが選んだ国会議員による政府を、自分たちの意思を反映させる共同体としてみなすか(だからきちんと税金を納めて、毎回選挙に行く)、②民衆をいじめる巨悪としてみなすか(ボクの考える最高の正義のためなら何をしてもいい、手段を選ばずに政府を攻撃する)のどちらの立場を選ぶかってこと。

後者の人たちが政権をとったら、攻撃の対象がなくなっちゃったから、「責任野党」とか勝手に名づけて、相変わらず自民党を攻撃してましたね。

ただ、根拠もなく文句言ってただけってのがばれちゃった。

自民党=おかん
民主党=小学生

おかんに甘えてただけで、結局自分たちでは何もできなかった。

できたことはすべて日本にとってマイナスになることばかりで、中韓を優遇しただけ。

あれ以来サヨクは根絶やしになってもおかしくなかったんですけど、いまだに強力な応援団が旗振って、ますます勢いづいちゃって。

まあ、踏み絵なんですけどねwww


池田信夫@ikedanob
シールズが画期的なのは、左翼=優等生、右翼=落ちこぼれ、という今までの図式を逆転したこと。
|慶應大生の山本みずき氏がSEALDsに指摘「排他性に危うさ感じる」 - ライブドアニュース ow.ly/Vxi4R
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